温泉、ジム、映画館…北方領土を「人口増加する異例の離島」にしてしまった安倍外交の挫折

温泉、ジム、映画館…北方領土を「人口増加する異例の離島」にしてしまった安倍外交の挫折

温泉、ジム、映画館…北方領土を「人口増加する異例の離島」にしてしまった安倍外交の挫折

どこかにしくじりがある。

■「2島プラスアルファ」を目指した安倍外交だったが…

ロシアプーチン大統領9月3日、ウラジオストクの東方経済フォーラムで、北方領土に進出する外国企業などへ10年間課税を免除する経済特区を創設すると発表した。

加藤勝信官房長官はこの構想に対し、「ロシアの法令を前提にした経済開発に関する制度の導入は、わが国の立場と相いれず、遺憾だ」と反発した。

これで、2016年12月プーチン訪日で合意した北方領土での共同経済活動は、ロシア側の強硬姿勢により事実上破綻した。ロシア1956年の日ソ共同宣言(56年宣言)に基づく歯舞、色丹の引き渡しに応じていないことと併せ、「2島プラスアルファ」で平和条約締結を目指した安倍外交が挫折したといえよう。

ロシアは日本の不参加を前提に、中国や韓国企業を誘致し、実効支配を強化する構えだが、日本頭越しの開発が可能なのか。島の現状を探りながらその成否を探った。

■北方4島の人口は5年間で2000人以上増加

北方4島はロシア行政区画では、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、歯舞(はぼまい)群島の3島が南クリル(千島)地区、最大の択捉(えとろふ)島がクリル地区を構成し、サハリン州に所属する。

国後と択捉では地元紙が発行されており、筆者は国後の「国境で」と択捉の「赤い灯台」の2紙を購読しており、PDFで送られてくる。いずれもタブロイド版8ページで週2回発行。発行部数は数百部で、地区行政府の財政支援を受ける。政権べったりで、面白さはないが、島の現状を知るには有効な手段だ。

地区行政府の統計によれば、南クリル地区の定住人口は今年1月1日時点で1万2011人。過去5年間で1200人増加し、漸増傾向にある。内訳は、国後が9191人、色丹が2820人。歯舞群島は無人島で定住者はいない。

択捉島は6799人で、この5年間で約900人増加した。北方4島の人口は計1万8810人となる。これ以外に、択捉には約3000人、国後には約500人の軍人が駐留するが、軍人は定住者に含まれない。

■泥酔運転、麻薬密輸に公金横領…

地元紙によれば、北方領土は人口の自然増がサハリン州で最も多い。これは、若いカップルが多いためとみられ、人口減少や疲弊が進むロシア極東では異例だ。産業の9割は世界有数の周辺漁場を活用した漁業関連で、平均所得は南クリル地区が8万2000ルーブル(12万3000円)。

サハリン州最大の水産コングロマリット、「ギドロストロイ」の企業城下町と化した択捉島の平均所得は非公式集計で12万ルーブル18万円)。ロシア平均の4万6000ルーブル(6万9000円)よりかなり高く、高収入が人口増につながっているようだ。

ロシア社会に顕著な犯罪や汚職、腐敗は島にも波及している。

地元紙には、「択捉の地区検察当局が、2020年に85件の汚職事件を摘発」「泥酔して車を運転し、事故で自分の娘を死亡させた軍人に禁固3年の刑」「択捉の学校で新型コロナクラスター」「南クリル地区長が公金横領で辞任」「ウラジオストクから麻薬密輸の動き」といった社会ネタも掲載されている。

■空港・道路整備にジム、サウナ浴場まで

北方4島は長年、中央政府から無視され、インフラの老朽化や輸送の不備、劣悪な医療・サービスなどで厳しい生活環境に置かれたが、プーチン政権は2007年北方領土を戦略的重要地域として「クリル社会経済発展計画」を導入し、島の近代化に着手した。

毎年日本円で300億~500億円の予算が投入され、空港やアスファルト道路、港湾整備、住宅建設が突貫工事で行われ、くすんだ島の景観は一変した。中国企業の協力で光ファイバー通信線が敷かれ、高速インターネットも開通した。

「国境で」(6月30日発行)によれば、国後ではこの数年間に、巨大なスポーツジム、水産コンビナート、30キロメートルのアスファルト道路、中央病院、文化センター風力発電設備などが建設された。56年宣言で日本への引き渡しが明記された色丹島でも、文化会館、病院、集合住宅、サウナ浴場が誕生した。

択捉島インフラ整備は4島で最も進んでいるが、「赤い灯台」(6月23日発行)によれば、中心地、紗那の街を海岸に近い低地から高地に移す方針で、新しい幼稚園や警察署、住宅が高地部に建設されつつある。津波などの災害を防ぐためで、古い施設を撤去し、徐々に高地部に新設する大計画となる。近年、映画館や温泉も相次いで開業した。

風光明媚な択捉島では、観光開発が注目され、東方経済フォーラムの場では、ホテルや温泉、滝、スキー場、展望台、エコトレイルなどを擁する複合的な観光施設「オリエンタル・リゾート」を総額200億ルーブル300億円)で2025年までに建設する計画が発表された。

■日本とのビザなし交流は「買い物ツアー」

島の開発が急ピッチで進む中、島民の日本への関心は徐々に低下している。日露間では1992年以降、日本人と島民がパスポートを持たずに訪問し合う「ビザなし交流」が毎年行われるが、昨年と今年は新型コロナ禍で中止された。

「赤い灯台」(4月30日発行)は、ビザなし交流中止で択捉島民の声を拾った。

それによると、「日本人グループの訪問は夏の風物詩になっており、伝統が途絶えるのは残念」「12歳の娘が日本に行くのを楽しみにしており、娘を早く隣国の文化に触れさせたい」などと失望する一方で、「渡航中止を歓迎する。ロシアにはすばらしい場所がいくつもある。ロシア人は国内を旅行すればいい」「島民にとって、日本への旅行は買い物ツアーだ。日本側の負担で旅行するのは堕落につながる」といったビザなし交流反対論も紹介されている。

ビザなし交流は当初、相互理解を目的にし、討論会も行われたが、プーチン体制下でロシア側は領土問題の討議を拒否し、「買い物ツアー」になり始めた。来年で30年になるビザなし交流は新機軸を迫られている。

■いよいよ領土問題の封印に乗り出したか

地元紙を読むと、ロシア側は日本に対して、4島領有は第2次世界大戦の結果という「歴史戦」を挑んでいるかに見える。

ロシアは昨年、事実上の対日戦勝記念日を従来の9月2日から、中国に合わせて9月3日に変更したが、国後、色丹、択捉3島ではその9月3日、戦勝76周年式典が実施された。平日にもかかわらず、行政府幹部や企業代表、軍部隊、学校の生徒らが参加。国後では1945年のソ連軍上陸を再現するイベントが海岸で行われ、択捉では花火が上がるなど祝賀行事が夜まで続いた。

3島では、5月9日の対独戦勝記念式典も毎年実施されるが、対日戦勝記念日は島の存在意義にかかわる重要イベントだけに盛大なようだ。戦後も76年になるのに、大戦勝利を祝う記念碑が島の各地に設置された。島の学校では、軍事教練や愛国主義教育が盛んだ。

ロシア外務省は今年8月15日9月3日、日本の返還要求を非難する異例の声明を発表しており、いよいよ領土問題の封印に乗り出したかに見える。

■免税特区構想にうまみはない

東方経済フォーラムで発表された、日本の意向を無視する免税特区構想も、北方領土問題の最終決着を図る一環かもしれない。

ただし、地元のサハリン州では、プーチン大統領の構想は必ずしも歓迎一色ではない。

プーチン大統領は演説で、内外の北方領土進出企業への10年間免税特典を「前例のない優遇だ」としながら、「これには例外措置がある。高級海産物の漁獲や鉱物資源掘削、仲介業など利益が見込まれる業種には適用しない」と述べた。免税の対象は水産加工や観光、製造業のようだが、これらは初期投資が膨大で、免税によるメリットは少ない。当初20年間とされた適用期間も10年間に短縮され、「タックス・ヘイブン租税回避地)ではない」という指摘も出ている。

■投資呼びかけにも進出する外国企業はゼロ

ワレリー・キスタノフ極東研究所日本研究センター長は、「この地域にはすでに『経済発展地域』が設定され、企業誘致に特典が用意されている2025年までのクリル社会経済発展計画も進行中だ。これらの計画とどんな整合性があるのか」と述べ、「島は本土から遠く、管理するのは困難だ」と指摘した。

となれば、免税特区構想は、ロシア経済の不振による連邦予算逼迫を背景に、北方領土開発は民間主導で行うよう地元に求めたともとれる。

中国や韓国企業が投資環境の良くない4島に本格進出する可能性も少ない。実は、サハリン州政府は10年前から中国や韓国に水産加工分野への投資を呼び掛けているが、進出した企業はまだ1社もない。ナマコの養殖を持ち掛けられた中国の業者は「投資しても、法改正などで施設ごとロシアに取り上げられる恐れがある。カネをドブに捨てるようなものだ」と日本のメディアに語っている。(共同通信2011年3月10日

北方領土開発に最もふさわしいのは、島に近く、離島開発経験が豊富で、高度の水産技術を持つ日本だ。日本抜きのロシアの開発構想は今後、曲折をたどりそうだ。

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名越 健郎(なごし・けんろう)
拓殖大学海外事情研究所教授
1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコクモスクワワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『北方領土はなぜ還ってこないのか』、『北方領土の謎』(以上、海竜社)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。

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国後島の地元紙「国境で」(9月4日付)より引用

(出典 news.nicovideo.jp)

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